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【浄土真宗】妙好人と学ぶ5【信心獲得(決定)】

224 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2008/02/23(土) 11:39:40 ID:uH1T15bS
>221
 法然は、善導のこの考えに賛成し、偏依善導という言葉を残し、親鸞は「善導独明仏正意」と
いう言葉を残した。
 現代の人々は、阿弥陀仏の本願を拠り所とし、阿弥陀仏を水先案内として仰いでいこう。現代
には、この道以外に成仏の道はない。阿弥陀仏の名声を聞き、阿弥陀仏を先生と仰ぐ者は、必
ずや阿弥陀仏の学舎に入学する。阿弥陀学校で真実の学習をしていくこと以外、現代では仏にな
る道はない。称名念仏は阿弥陀仏の勅命である。南無阿弥陀仏を称える者は、極楽浄土に必ず招
く。阿弥陀仏のこの誓いを拠り所とし、水先案内として称名念仏を重ね、極楽浄土で仏になる道
の外に仏になる道はない。

そもそも、阿弥陀如来の他力本願をば、なにとように信じ、またなにとように機をもちてか助
かるべきぞなれば、それ、弥陀を信じ奉るというは、なにのようもなく、他力の信心といういわ
れをよく知りたらん人は、たとえば十人は十人ながら、みなもって極楽に往生すべし。

 阿弥陀如来の他力本願はどのように信じればいいのか。どのような機すなわち器量の人を救う
といっているのか、それを考えよう。外でもない。他力の信心のいわれが十分に分かれば、十人
であればその十人が全て極楽に往生する。
 先生の名声に心動かされ、先生を先生と呼ぶ者は必ず自分(先生)の建てた極楽学校に入学さ
せる。これが大無量寿経の説く大乗仏教教育学の根本原理であり、大乗の仏達の意思、本願であ
る。もし、それができなければ、自分の得ている認識を、人々との共有の財産として、共感的に
享受することはできない。真の教育者になったことにならない。大乗の仏になったとはいえない。
 他力とは仏の本願力である。だからこそ、阿弥陀仏の名を聞き、阿弥陀仏を阿弥陀仏と仰ぎ、
南無阿弥陀仏と称える者は必ず極楽学校に入学する。南無阿弥陀仏のいわれを正しく理解すれば、
十人は十人すべて阿弥陀仏の摂取の中で極楽浄土に往生する。

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